わが国の国民を取巻く健康問題をみると、急速に高齢化が進み、急性疾患から慢性疾患へと疾病構造が変化してきた。その中で、わが国の医療は、「病気を治す」ことから、「健康を増進する、病気を予防する、病気を管理する」ことへと診療の主座の転換が求められるようになった。人々の関心は改めて自然科学では解決し得ない、生きていくということの本質に向けられるようになり、生きがい感や幸福感に重きが置かれるようになってきた。このような国民の期待に応えうる医療として、地域医療に注目が集まり、同時に地域医療を担う医師の育成にも熱い期待が寄せられるようになった。こういった状況の中で、医学教育モデル・コア・カリキュラムが改訂され、新たに「地域医療」が導入された。教育目標として、「地域医療の在り方と現状及び課題を理解し、地域医療に貢献するための能力を身に付ける」ことが示された。この改訂に伴い、全ての医学生に対して、地域医療教育が必修化となった。コア・カリキュラム改訂を一つの契機に、設立以来、地域医療の充実・発展に向けた研究ならびに普及活動に努めてきた当財団は、開学以来、一貫して地域医療を担う医師を育成してきた自治医科大学と協同して『地域医療テキスト』の出版を企画した。地域医療テキストは、地域医療学という学問大系を示すのではなく、地域医療の現状ならびにそこに求められる医師像や活動の実際をできるだけ分かりやすく伝えることを目標に10名の編集委員が議論を重ねた。地域医療は、住民の健康問題のみならず、生活の質にも注目しながら、住民一人ひとりに寄り添って支援していく医療活動と位置づけた。この地域医療は、高齢化をいち早く迎え、しかも医療資源に乏しいへき地などの地域の中から発展してきた。そして、全国を見渡すといくつものモデル地域が誕生していた。こういったモデル地域では、総合医がコーディネーター役となり、保健・医療・福祉の連携による地域包括ケアを根付かせ、限られた医療資源が有効に使われていた。また、住民、医療関係者及び行政が一体となって、地域医療を守り育てていた。編集委員会では、このような地域医療モデルを意識しながら、地域医療テキストの全体像を取りまとめ、21名の方々に執筆をお願いした。原稿が出そろい、でき上がったテキストを手にした時は感慨一入であった。地域医療テキストでは、これまでの地域医療の取組と成果、ならびに現状と課題について紹介した。さらに、地域医療の充実と発展へ向けた今後の取組や展望についても論じた。なお、地域医療とそれを担う総合医の活動をリアルにお伝えするために、巻頭に1人の地域医師の1日を追いかけた写真入り記録ページを設けた。また、最終章には、ある家族に起こった様々な健康問題に対する診療所医師(総合医)と研修医との対応を物語風に書き上げた。この物語を読んでいただくと、地域医療の全体像と総合医が人々のライフサイクルに関わり、さらに家族や職場、そして地域にも深く関わっている様子をありありとイメージしていただけるようになっている。本書は、2009年(平成21年)3月に医学書院から発行された。医学書院には、編集から発行まで多くの助言と支援をいただいた。改めて御礼申し上げたい。地域医療テキストを手にされた方々からは、分かりやすい、教科書に指定した、セミナーで輪読している、といった言葉を寄せていただいている。また、テキストを読まれたある自治体の首長から地域医療に関する講演の依頼もいただいた。本書を世に送り出した時の感激は、読者の皆様からのエールにより増幅され、今でも続いている。出版に関係された皆様の努力に心から感謝申し上げる。『“Think Globally, Act Locally!”そこは、山や海に囲まれた学びの沃野。さあ、地域医療の世界に踏み出そう。』̶教科書を飾る帯紙に記された一言を添えて終わりとしたい。185地域医療テキスト編集委員会委員長 梶 井 英 治 地域医療テキスト
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